学房跡
2014年 03月 23日
かつては、茅葺き屋根の学舎や寮があったところに
明治時代になって建てられた校舎が残っています。
現在は史料館となっていました。
明治になり、いったん廃校になるも
再び閑谷精舎、閑谷中学校、閑谷高等学校、和気閑谷高等学校・・・と
儒学の歴史はうけつがれているようです。
夕暮れが近くなってきて画像がよくありませんでした。^^;
私が中学の時には、青少年教育センターとして
この建物を利用しました。
私と同世代の時期に中学生だった岡山っ子は
一度は、泊まったことがあるのではないでしょうか?
黒光りする手すり、手作りのゆがみのあるガラス
室内は、当時のままの姿をとどめていました。
この山の西側に学舎や学房(寄宿舎)などがつくらています。
そこからの出火が講堂などに飛び火しないように
防火の目的でつくられた人工の山で「火除山」と呼ばれています。
先人の知恵ですねぇ。
閑谷の森の西側の山麓に茅葺き屋根の建物を見つけました。
少し離れたところに、もう1軒あります。
史料館には、「茅葺き屋根の寮」の古い写真がありましたが
その中にも写っていた家なので相当の年代物だと思います。
梅林と一緒だと、日本昔話のような風景で、パチリ。