カテゴリ:おでかけのこと( 119 )


2017年 03月 18日

お写んぽ早春の御津

 
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昨年から御津町でお稽古をするようになり

地元の方々とお話しすることが増えました



お天気の良かった先週末

カメラを持ってブラブラとしてみました。

田んぼに目を向けるとヤギさんが

草を食んでいます。



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御津はのどかな山あいの町で

梅の花がいたるところに咲いています。



ここはスプリング・エフェメラルのひとつ

カタクリの花が咲くと聞いてやって来ましたが

ちょっと早かったみたい。
 


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で、前回咲き始めだったセツブンソウの群生地に行くと 

満開でした~。



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北側の斜面で明るい方に向いて

けなげに咲いています。
 


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平地になった日の当たる場所にもたくさん咲いています。



車を停めた近くで仕事をしていた人の話しでは

例年では終わり頃なのに今年は雪が多く寒かったので

今が見頃とのことでした。


 
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南の方の山へ車を走らせ松田牧場へ。♪

ここでのお目当ては



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ミルク工房のジェラートです。

12種類ほどのフレーバーの中から迷いに迷って

ミルクとロイヤルミルクティをチョイス。

コーンカップに入れてもらって420円でした。


 
トリプルでも60円アップするだけだったから

トリプルでも良かったかなぁ。



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夕日が西に沈む頃

夕日の左側に虹のような瑞雲のような光を見つけました。
 
次の日の新聞で「幻日(げんじつ)」と呼ばれる現象が

この日、見られたと載っていました。


幻日とは、太陽の左右、もしくは片側に

強い光が見える現象のことだそうです。



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場所を移動し、望遠レンズに変えて。

この時、太陽は山影に隠れて見えなかったのですが

新聞で見ると右側の光の方がはっきりと映り

「もうひとつの太陽」のようでした。

太陽も含め両方の幻日が見られなかったのは残念!。





桃の節句のマユール先生のサロンでの

ブログがアップされていました。ご覧になってください。



インテリア編



フラワー編



テーブルコーディネート編



ひな祭り女子会編







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by mami-2013 | 2017-03-18 17:54 | おでかけのこと | Comments(4)
2017年 03月 10日

赤穂城

 
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日本の城百選にも入っている赤穂城址です。

先月、赤穂御崎に行った日の写真です。


 
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かつては櫓があったのでしょうか、石垣だけがたたずんでいました。

奥に見える蔵のような建物は赤穂市立歴史博物館です。 

海が近く井戸を掘っても海水が上がってくる城下町では

千草川の上流から上水道を引き水を供給したという

ジオラマ展示が印象に残りました。。



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梅があちこちに咲いていました。


 
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本丸門。赤穂城本丸の表玄関です。
 
明治の廃城後取り壊されましたが平成になり復元されました。



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本丸内は御殿で占められ

御殿の間取りが復元されていました。



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天守台から御殿のあった本丸内を見降ろします。

御殿の広さがよくわかります。 

天守台はありましたが天守閣は建築されなかったそうです。



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本丸庭園もよく見えます。

二の丸庭園と共に国の名勝に指定されているそうです。
 


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ちょうど、梅が満開でした。

整備中の二の丸庭園が完成したらもう一度来てみたいな。



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三の丸の近くにある大石神社

大願成就の御利益があるとか。 


 
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参道の両脇には四十七士の石像が…。




臥薪嘗胆 幾辛酸

一夜剣光 雪に映じて寒し

四十七士の碑 猶主を護る

凜然冷殺す 妖臣の肝
 

(大塩平八郎)

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by mami-2013 | 2017-03-10 16:29 | おでかけのこと | Comments(0)
2017年 03月 06日

2017津山城下町雛めぐり

 
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津山の商店街で開催された雛めぐりに行ってきました。

このあたりを歩いたのは10年ぶりくらいです。

商店街の一角にある会場ではコンサートが始まるときで

ちょっとのぞいてみました。 



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入った途端に目に入るのは吊し雛。

下からのぞくと面白いアングルになりました。



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ポスターにも使われていた明治初期のお人形。

大切に子から孫へと受け継がれているようでした。
 


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奥へ奥へとお雛さまが舞台を取り囲んでいます。

いろんな時代のお雛さまが勢揃いしていました。



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これは昭和初期のお雛さま。

津山は戦災に遭っていないから古いお雛さまが 

多く残っているようでした。



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私がいちばん魅せられた幕末のお雛さま。

お内裏さまの衣装はボロボロほつれていたけれど
 
落ち着いた色合いで派手さのない十二単だけど

今でもじゅうぶん美しい品のあるお顔。



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同じ方が作られた神功皇后のお人形。

特に手の込んだ草摺(くさずり)や胴の刺繍が細やかでした。 


 
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貝あわせなど、ひな祭りにちなんだ
 
遊びの道具も展示してありました。

これらが一般のお宅に先祖代々伝わっているというのが

凄いですよね~。









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by mami-2013 | 2017-03-06 16:12 | おでかけのこと | Comments(0)
2017年 02月 24日

早春の赤穂岬 sanpo

 
 
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赤穂岬へ行きました。

この日は

海と島の境が滲んだような不思議な光景でした。



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梅の花が満開で



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お天気も晴れたと思ったら

雲が押し寄せて小雨がぱらついて

猫の目のようにクルクル変わります。
 


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そろそろ

いかなご漁が盛んになる季節です。

いかなごのくぎ煮

今年は作ってみようかな?






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by mami-2013 | 2017-02-24 09:38 | おでかけのこと | Comments(5)
2017年 02月 13日

備前♥日生大橋


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日生から鹿久居島、頭島へと橋ができたので

ドライブしてみました。♪



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この形は斜張矯というのかな?

この日も県北や鳥取は大雪の日で

雪が降ったり太陽が出たりとクルクルお天気が変わります。



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日生諸島はみかんの栽培が盛んです。

鹿久居島の道端で500円で

みかん詰め放題の看板を見つけました!



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「さっき、産直市でみかんを買ったばかりなのに~。」と

呆れる夫にかまわず詰めます。

みかん、特別好きなわけじゃないけど

ただ買うよりも選べられるというのが好きなんです。



夫も

「傷があるみかんのほうが

太陽にあたる外側に実をつけているから美味しいで~。」

とアドバイスをしてくれます。



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大きいのや小さいの取り混ぜて詰めました。

600円で買った産直市のみかんよりも

ずっと、沢山入りました。

みかんのシーズンも今月までのようです。



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農園の反対側は海。

牡蠣いかだが並んでいます。



対岸の鴻島はバブル期に建てられた

別荘やリゾートホテルが斜面にニョキニョキ見えます。



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車に戻ったら夫はすでにみかんを食べていました。

一晩で10個くらい平気で食べるので

沢山あっても1週間で無くなってしまいそうです。

私もさっそくいただきます。

外が寒いから冷凍みかんのように冷たくって

でも、とっても甘くて美味しい~。🍊



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頭島大橋を渡ったらUターンします。

ここも、みかん園がありました。

日生諸島ではシーズンになると

シャコも美味しいんですよ。



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冬の海って色彩に乏しいと思っていたけれど

鹿久居島から見ると海の色がきれい!



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再び橋を渡り日生側に戻ります。



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車窓からチラッと見えたこの橋の名は

「備前♥日生大橋」

「びぜんLOVE日生大橋」と読むのかな?

違うよね。







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by mami-2013 | 2017-02-13 00:56 | おでかけのこと | Comments(10)
2017年 01月 25日

旧遷喬小学校

 
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真庭市の国道脇を走ると

レトロな白亜の建物の脇を通り抜けました。

Uターンして戻ります。



明治40年に建てられた遷喬小学校でした。

ルネッサンス様式による白とグレーのコントラストが

美しいシメントリーの白亜の建物。

ベネチアン窓とその下の化粧筋交も

小学校とは思えないくらい優美でお洒落~!



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重厚なマンサード屋根に

切妻の破風には上品なベネチア窓。

眺めれば眺めるほど

「どうして、小学校にこんな贅沢な建物が~?」

と、疑問に思います。



私の通った学校は木造二階建てモルタル瓦葺と

平屋の羽目板張りのフツーの校舎だったわ~。



破風と破風の中心のドーマーにある校章は

旧久世町の「久世」の文字で

高瀬舟をデザインしているのだそう。

 
 
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どうして小学校にこんなに手がかかっているのか

気になって調べてみました。



明治時代、地元の大工さんや建築技師が洋風建築に

関心と憧れを抱き、日本伝統の木造建築物に

西洋のデザインを取り入れた様式のことを

「擬洋風建築」というそうです。



この小学校は当時の町の予算の3倍にも相当する建築費を投じて

建築されたそうで教育には相当熱心な町のようです。

設計者は江川三郎八。



「遷喬」という名前も

中国の古典「詩経」の「幽谷より出でて喬木に登る」

に由来し、学問に励み立身出世することと解釈され

小学校の名前には不釣合いなくらい格調が高いですよね。



玄関を出入りしている人もいらしたので

建物の中を見学できるのかもしれません。

また時間のあるときに、ゆっくり来て

中まで見学したいと思います。









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by mami-2013 | 2017-01-25 00:29 | おでかけのこと | Comments(4)
2016年 12月 01日

真備町の吉備真備ゆかりの地を訪れて


12月になりました。

昨年アップしそびれた写真を

ちょうど紅葉シーズンになったのでにアップします。



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「まきび公園」へ紅葉を見に行きました。

「まきび」とは岡山にゆかりの深い奈良時代の学者

吉備真備のことです。



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このあたりは、倉敷市真備町と小田郡矢掛町の境にあたり

行政が違うせいか

お互いの町が「真備のふるさと」と主張して

同じような史跡が両方の町に用意(?)されていて

初めて訪れた時は紛らわしくて、よくわかりませんでした。



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この公園は、真備町の公園です。

真備が遣唐使として2度も唐を

訪問していたからか中国式の庭園です。



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吉備公墳に立つ宝篋印塔。

古くから吉備真備の墓と信じられていて

江戸時代の発掘で棺の中から人骨が出てきて

真備の墓とされたそうですが

実は近年の調査で鎌倉時代のものだったことがわかりました。



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公園に隣接する「吉備寺」

吉備真備の人骨を祀るための菩提寺とされた寺です。



当時、この辺りは豪族の下道氏が支配していて

下道氏というのは真備のご先祖にあたります。



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公園内には「まきび記念館」という資料館もありました。

真備に関する資料が並んでいます。



いちばん興味深かったのが「吉備大臣入唐絵巻」です。

本物はボストン美術館所蔵なので複製品ですが無料で見えます。

 (^^ゞ

この絵巻物は20代の頃にもここで目にしていて

強く印象に残っていたものです。



真備が超人的な能力を発揮した絵巻で

真備が空を飛んだり

囲碁の対局でいかさまをした真備が碁を飲み込み

それを探す検便のシーンがあったりと

900年も昔にかかれたものとは思えないファンタジーな絵巻物です。



松本清張の「眩人」という小説の中ではこの絵巻物の内容が

真備が唐で異教徒の礼拝堂で秘薬を飲み

ラリッタときに見た夢として出てきます。

(読んだ人にしかわからない説明ですね~。)

真備が空を飛ぶシーンは正座したまま飛ぶんですよ~。



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せめて

座布団にでも乗って飛んで欲しかったなぁ。

この姿、目が点になりました。



真備は、陰陽道を唐から持ち帰ったということで

史実とは別の真備が超人的なイメージで

伝説の中で付加されているようです。



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ここは公園から北へ離れた

吉備公の産湯の井戸といわれる場所です。

今も使われている井戸です。

想像していた井戸とは、ずいぶんかけ離れていました。



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道を挟んで過ぐのところに「吉備公館跡」の碑があります。

下道氏の館のあった場所ということでした。

と、言ってもお隣の矢掛町にも

産湯の井戸や吉備の館跡がちゃんとあるんですよ。



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「琴弾の岩」です。

政界を引退してふるさとに戻ってきた真備が

この岩の上で月を愛でながら

琴を弾いたと謂われる場所です。



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岩の上からの風景です。

小田川を挟んで真北の対岸の山に

穴門山神社という古い社があり

道教的な祭祀を行っていたという話しも聞きます。

古代の琴は神の声を聞く道具でもあったとか。



本当は奈良で生まれて奈良で没した可能性が高い真備ですが

地元では古の昔から真備にまつわる伝説が語り継がれ

今でも祭りや行事が多く残っています。



矢掛町の吉備真備公園の記事です。

ご参考までにどうぞ。




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by mami-2013 | 2016-12-01 16:30 | おでかけのこと | Comments(0)
2016年 11月 28日

東大寺の大仏さまになった明延(あけのべ)鉱山の銅

 
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神子畑選鉱場跡で知った明延鉱山が気になって

地図で確認するとひと山越えたあたりだったので

30分もかからないと思ってやって来ましたが

思いのほか山が険しく時間がかかりました。 

おまけに行き過ぎてしまうし。((+_+))

 

神子畑選鉱場跡のような遺物はなく

雨も降ってきて、ガラーンとした寂し気な場所でした。



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ここにもインクラインがあります。

この鉱山は多品種の非鉄金属鉱脈をもつ鉱山で

特にスズは日本一の鉱量を誇っていたそうです。


 
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わかるでしょうか?

インクラインの上った先に鉱山施設があったようです。



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創業時の古い写真もありました。
 
手前に一円電車も見られます。




この鉱山の歴史は古く 

奈良東大寺の大仏(752年開眼)鋳造時には

ここから銅が献上されたと記録に残っているそうです。



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この鉱山も最盛期は4千人以上の人が住み

今では閑散としたこの通りも賑わっていたのでは?

 

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いまも当時の共同浴場が残っていました。

いつ頃建ったものでしょうか?

近代化産業遺産に認定されていました。



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一見、倉庫のようなこの建物も

娯楽施設の「協和会館」といい、映画が上映されたり

多くの芸能人がコンサートを開いていたそうです。


 
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ここにも一円電車が保存されていました。

動体保存されていて、月に一度乗れるようです。

一週間前に来ていたら「あけのべ一円電車まつり」をやっていて

当時のような賑わいが戻っていたとか!



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白金号です。

今は錆びて朽ちかけているけど

現役の頃は 5.75 km の山道を鉱石を積んで

何度も往復したのでしょう。



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プラザ合意後の急激な円高に伴い 

鉱石の価格が下落し、大幅な赤字を計上することとなり

まだ採掘可能な鉱脈を残して、1987年明延鉱山は閉山しました。


以前行った
柵原鉱山を含め

日本各地の鉱山が閉山を余儀なくされていたことを

今頃になって知るなんて!



今回訪れた明延鉱山、神子畑鉱山と、

昨年訪れた
生野鉱山を結んだ鉱山専用の

明延鉄道、鉱山道路、鋳鉄橋を

「鉱山の道」と名付けられ

往時を忍ぶ産業遺産としてなっていました。




「明延鉱山探検坑道」という見学可能な坑道もありました
 
明延鉱山の坑道ツアーのことが載っていました


 

(2016.10.09撮影)

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by mami-2013 | 2016-11-28 14:08 | おでかけのこと | Comments(2)
2016年 11月 27日

ムーセ旧居

 
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神子畑選鉱場跡には「ムーセ旧居」と呼ばれる

洋館が建っていました。 


明治5年頃に生野鉱山に建設されたらしい

外国人宿舎のひとつです。
 
明治20年、ここ神子畑に移築され

事務舎として利用されていました。



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中央のエントランスと

周りをぐるっと囲むベランダが

コロニアル様式と見て取れます。 



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コロニアルというのは欧米列強国が
 
アジアを植民地として支配していたころ

植民地の気候に合わせて建てられた建築様式です。

支配した国によりフランス式、イギリス式、オランダ式と

細かく分類されるそうですが

雪の積もる朝来市の山中で、このスタイルは

暖炉があっても冬場は辛かったのではないかな?
 
 

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設計は政府の御雇い外国人技師でしたが

加藤清矩という日本人も関与していました。



構造は在来木造建築で素材も

桟瓦葺の屋根、和小屋、和紙貼り天井と

日本建築の伝統を継承していました。


 
同じ兵庫県の神戸異人館等と比べても

より早い時期に建てられ、貴重な建物のようです。



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外壁の四隅の石を積み上げたような意匠は

コーナー・ストーンという技法だそうです。



屋根瓦に菊花のご紋章があり

この建物の管理をされている人の話しでは

宮内省財産(御料局生野支庁)の名残だそうで

「ぜひ、写真に撮って帰って下さいね。」 

と、奨められましたが

逆光で上手く写っていませんでした。💦

ごめんなさいね。





 

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by mami-2013 | 2016-11-27 11:55 | おでかけのこと | Comments(2)
2016年 11月 23日

神子畑選鉱場跡

 
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神子橋鋳鉄橋からさらに奥へ進むと

神子畑選鉱場跡が見えてきます。

明延鉱山から掘り出された鉱石を

選別するために建てられた選鉱場です。



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巨大な円形の建物は濾過装置の屋外シックナー。



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近くで見ると迫力がありました。

廃墟マニアの人たちの間で人気がある

というのも頷けます。



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屋外シックナーの背後の傾斜地には

かつて選鉱場の建屋や鉄工所、事務所などが建っていました。 



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10年ほど前に取り壊され

今では基礎や階段などが残っているだけです。

 

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操業時の写真があったのでパチリ。

高低差が75㍍の中で階層は22段もあったそうです。

24時間操業し、真夜中も灯りが煌々と付いていたため

不夜城のようだったとか!

最盛期は東洋一の規模を誇っていたそうです。



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選鉱場の傾斜地を結ぶインクラインも残っていました。



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明延鉱山からここまで鉱石を運んできた

1円電車も保存されていました。

「わかば号」です。

 

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客車の中は、かがまないと移動ができないくらい

低い天井の小さな電車でした。 



鉱石だけでなく鉱山で働く人や家族も運び

昭和62年の明延鉱山の閉山まで1円で走っていたので

1円電車と呼ばれていたそうです。



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選鉱場で選別された鉱石を

ここからの馬車道で39年間運び出し続けました。

今は土手のような道でしかありません。




残っている風景だけを見ていると

化石のように周りの自然に溶け込んでいるように見えるけど

ここにも人々の生活の息吹が感じられました。


  


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by mami-2013 | 2016-11-23 22:46 | おでかけのこと | Comments(4)