カテゴリ:+ 2014.11.23 鎌倉の旅( 11 )


2015年 01月 20日

鎌倉の旅 目次

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鎌倉の旅 目次

2014-11-28 鎌倉旅行

2014-11-29 HOTELあじさい

2014-12-02 報国寺

2014-12-05 鶴岡八幡宮Ⅰ

2014-12-06 鶴岡八幡宮Ⅱ

2014-12-13 鶴岡八幡宮Ⅲ

2014-12-16 しらす丼

2014-12-17 鎌倉大仏

2014-12-20 長谷寺

2015-01-19 東京駅






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by mami-2013 | 2015-01-20 15:26 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2015年 01月 19日

東京駅

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鎌倉旅行の後
東京も観光しましたが
手元にある写真は東京駅だけです。

おのぼりさんらしく
スカイツリー等にも行きましたが…

重たい荷物をコインロッカーに預け
いざ、身軽になり、歩き始めたら…。

夫が
「カメラまでロッカーの中だ!」

あ!私のカメラも・・・。




同行の父がコンデジを持っていたので
それを借り、東京見物をしましたが

帰り際、この写真を撮っている最中に

父が
「SDカードがいっぱいになった。」

と言った言葉を最後に
フォーマットされてしまい
一瞬にして画像が消え去ったのでした。




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夫が途中下車までして見たかったのが
辰野金吾設計の東京駅外観と
この「ドーム見上げ装飾」

クレマチスや鷲
干支のレリーフ類で華やかです。

「あれ? 干支のレリーフなのに、私の干支がない。」

八角形のドームには
八つの干支しかありません。

帰ってきてから この記事 を見つけました。

同じく、辰野金吾が設計した佐賀県武雄市の
武雄温泉楼門に彫られた

子(北)、卯(東)、午(南)、酉(西)の

動物を合わせると十二支がそろうと。

なんだかお茶目な遊び心です。






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by mami-2013 | 2015-01-19 17:57 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 20日

鎌倉の旅 <長谷寺>

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鎌倉の旅。まだ続いています~。

クリスチャンのSさんが
「長谷寺に行って見たい。」とポツリ。

クリスチャンの方って神社仏閣に行くのを
嫌う方もいらっしゃったので
ほっとしました。

(私が通っていたカトリック日曜学校の牧師先生は「行っちゃダメ!」
っていう方だったので…。)
^^;


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中に入ると境内は広く、山の斜面に広がっています。
池や滝をあしらったお庭があり
水のお寺という印象を受けました。

天平8年(736年)創建だから
鎌倉の中では古いお寺だと思います。

紅葉も美しく夜になると
ライトアップされるそうです。


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高台から相模湾が一望できます。
対岸の中層の建物が逗子マリーナ。

今回は、上手く時間があわず会えなかった
幼なじみのnoriちゃんが逗子に住んでいるので
手を振ってみたりして…。


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このお寺のご本尊は国内最大級の長谷観音。
観音堂の中を覗くと金色に輝く観音様とご対面。

の…はずが、意外と小さい…。
と思い
よ~く見ていると、もしかしてあの一番奥の観音様?
大きすぎて目に入ってなかったというか


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もとは、大和の長谷寺で楠の巨大な霊木から
二体の観音像を彫り
そのうち一体が大和の長谷寺の本尊となり
残る一体は有縁の地へ流れ着くよう海中に奉じられ…

10年余りたったころ、忽然と付近の洋上に流れ着き
この長谷寺の礎となった、と聞いていたからです。


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海中を10年も漂ったわりには
金色に輝き、立派過ぎて…。
失礼ながら
もっと…朽ちたご本尊かと…思い込んでいました。


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観音堂を出てお庭を歩いていくと

弁天堂がありました。
さらに奥には弁天窟が


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壁面には弁財天と十六童子が刻出されています。
かつては弘法大師自ら刻まれた弁才天像があったそうです。
今は宝物館で保管されています。


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弁天様のお姿の像に
願い事を書いて奉納しています。

暗くてブレブレです。


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写経の会場となっている書院。
ゆっくりと写経をするのもいいですね。


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長谷寺を出たときはまだ3時過ぎでしたが
雨のせいか意外と薄暗く、風も強くなってきたので
鎌倉での観光はここまでにして
東京に向かいました。


あ~!
一生懸命、予習をしてた
建長寺と円覚寺に行っていない~!

ぐす、また来るもん。(涙)
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by mami-2013 | 2014-12-20 22:04 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 17日

鎌倉の旅 <鎌倉大仏>

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「鎌倉の大仏様に会うのが夢だった。」と
K先生が言い
「鎌倉に来て鎌倉大仏を見ずには帰れない。」と
夫が言い

どうでもよかった私はついていきました。

正確には高徳院の阿弥陀如来座像。
ガイドブック等で、おなじみのお姿です。

意外なことに鎌倉の仏像で唯一の国宝。
建立されたころは
金色に輝き、堂宇に収められていたとか


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まわりこんでみると、頭がぐっと前に傾き
「わ、猫背!」

京都や奈良の
スーッと背筋の伸びた仏像を見なれていると
違和感を感じます。

定朝様式でも慶派でもない仏像。
五代執権、北条時頼の時代に建立された
浄土宗寺院の大仏様。

後で調べたら
このお姿は、宋の美術様式の特徴だとか。



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別途20円で「胎内めぐり」もできました。
大仏建立の造像技法の説明も
ざっくりと書いてありました。


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降っていた雨もやみました。

李王朝の月宮殿を移築した観月堂が
この奥にあり
世界的にも貴重な建造物らしいのですが
それを知ったのは帰ってからでした。

^^;

ここの大仏様以外にも鎌倉には
他では見られない、宋の術様式の仏像が
色々と残っているそうです。

東慶寺の水月観音座像は
足を崩して腰かけ
上半身をかしげたポーズで
「鎌倉一美しい」とか!

この情報も帰ってから…。

^^;










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by mami-2013 | 2014-12-17 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 16日

鎌倉の旅 <しらす丼> 

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お昼は鶴岡八幡宮の参道沿いにあった
「そばや繁茂」で

入口に「朝どれの新鮮なシラスあります。」
と書かれていて即決。 

おまけに新蕎麦の季節。


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蕎麦としらす丼のセット。
蕎麦は北海道産とか。

しらす丼は釜揚げで
磯の香りがただよい、美味しい!


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生しらすは漁のあったときだけ
メニューにある限定品。

「もう少し量があったら良かった。」
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by mami-2013 | 2014-12-16 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 13日

鎌倉の旅 <鶴岡八幡宮Ⅲ>

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石段の上が本殿です。
「八幡宮」と書かれた八は
やっぱり鳩がモチーフになっていました。

左下は樹齢千年以上の大銀杏。
強風で倒れたことはニュースで知りましたが

残った株だけでも、とてつもなく大きいので
高さもある立派な銀杏だったのでしょう。

この銀杏の影に隠れていた
公暁(くぎょう)という20歳の僧によって
三代将軍源実朝は
28歳で、その命を落としました。

公暁は北条氏によって暗殺された
二代将軍源頼家の遺児。
彼の兄、一幡も北条氏によって
比企一族とともに殺害されいます。


いっけん、恨み辛みの「仇討ち」とも思うこの事件ですが
多くのことが謎となっています。


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この日、実朝には
北条氏が付き添う事になっていましたが
体調不良により、源仲章(なかあき)に変わってもらい
彼も殺されています。

事前に、この日、公暁が犯行に及ぶ事を
知っていたからではないか?
という事です。

北条氏にとって目障りな源仲章が亡くなっています。

一方、公暁は逃げ込んだ三浦氏の屋敷で
斬られてしまいます。

三浦氏が公暁に
実朝と北条義時を殺害させるはずが
義時を討つことができず
公暁を口封じに斬ったという
「三浦氏が黒幕ではないか?」という説もあります。

「打倒平家!」で頼朝を中心にまとまっていた御家人達も
頼朝の死後はリーダーシップを失い
有力御家人同士で覇権争いを繰り返し
梶原、比企、畠山、和田一族は滅んでいます。



まるでケネディ大統領暗殺事件のような
謎めいた事件です。

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by mami-2013 | 2014-12-13 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 06日

鎌倉の旅 <鶴岡八幡宮Ⅱ>

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静御前が舞いを舞った回廊跡に立てられた「舞殿」。
鮮やかな朱塗りと細やかな細工で優美な建物です。

『義経記』によると
頼朝から八幡大菩薩の奉納の舞いを所望され
静御前が最初に舞ったのは
当時、白拍子がよく舞う曲でした。

たしかに、素晴らしい舞いだったそうですが
何か物足りなさを感じる物でした。

それは、彼女の舞いに心が入っていなかったのしょう。
静自身がそれを一番よくわかっていました。
彼女はふたたび歌いはじめます。


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しづやしづ賤のおだまきくりかえし
  昔を今になすよしもがな

吉野山峰の白雪ふみわけて
  入りにしひとの跡ぞ恋しき

愛しい義経を慕う歌と舞いは
先ほどとは比べものにならないほどの舞いで
見る人々を魅了したといいます。

さすがに、頼朝だけは激怒し
「謀反人・義経を恋慕う歌を唄うとは何事か!」と。

頼朝にとって、義経は弟といえど大罪人。
静にとって、死を覚悟した舞いだったのでしょう。


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怒る頼朝に対し、妻の政子はそれをいさめます。

「私も、流人のあなたに恋をして、周囲の反対を押し切り・・・
あなたの元に行ったんじゃない。
石橋山で負けた時も生きてるのか死んでるのか…。
今の静御前は、その時の私と一緒。
愛しい男の事を心配せん女なんかオンナじゃない!」と

政子さんかっこいい!
この言葉に、頼朝も祝儀を出すはめに・・・。

静御前も、誰もが恐れる「将軍頼朝」の前で
こんな歌を唄うなんて…
頼朝に対して、啖呵を切ったも同然では?

政子さんも静さんも強~い女性だったんでしょうね。







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by mami-2013 | 2014-12-06 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(2)
2014年 12月 05日

鎌倉の旅 <鶴岡八幡宮Ⅰ>

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鎌倉のシンボル鶴岡八幡宮にやってきました。
段蔓が工事中だったので
本来は正面から写真を撮りたかったけど反対側から。

太鼓橋と三の鳥居です。


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この太鼓橋の左右には源平池。
この辺りから雨足が激しくなり写真が少ないのですが


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鳥居を正面にして左側が平家池。
池の中には島が四つあります。
四は「死」滅亡、衰退を意味します。

それに対して、右側が源氏池。
島は三つあり
三は「産」に通じ、生まれること。
繁栄を意味します。

当時は源氏池に白い蓮
平家池には赤い蓮が咲いていたそうです。


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参道を本殿に向かって歩いている途中に
交差する道は流鏑馬の馬場です。

有名な流鏑馬の神事は
テレビで見ていても右から左へ
矢を射ながら馬で駆け抜けていくさまは
颯爽としています。


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かつては僧坊25坊を数えるほどあった
境内も明治維新の「廃仏毀釈」の嵐によって
廃寺になったり
焼かれてしまった仏様がありました。

今では重要文化財となっている
「元版一切経」という180箱にもなる経典があります。

この経典も危ういところで
新門辰五郎によって救い出され
今では浅草の観音さまのところにあるそうですよ。
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by mami-2013 | 2014-12-05 22:01 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)
2014年 12月 02日

鎌倉の旅 <報国寺>

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ちょっと、途絶えていましたが鎌倉旅行の続きを。 
f^^;

雨模様の中、現地集合ということで
鎌倉駅で待ち合わせをして7名で「報国寺」へ。

以前、雑誌の記事で内田彩仍さんが訪れていて
竹の美しさに魅せられ
「鎌倉に来たら必ず行きたい。」
と思っていたお寺です。


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山門をくぐると清清しいほど手入れの行き届いた
エントランスが続きます。

このお寺は足利尊氏のおじいさん
足利家時が建てたといわれる臨済宗のお寺です。


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奥には、無数の孟宗竹が天を突くように
林立する竹庭があります。


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「休耕庵」というお茶席があり
お茶をいただきながら、雨のそぼ降る竹林を眺めるのも
心地のいいものでした。

かつては、この庵で修行をされていたようです。


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お干菓子でお抹茶をいただきました。
雨の平日なのに
意外と多くの人がいらっしゃいました。


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鎌倉幕府滅亡後、足利幕府の時代になると
鎌倉公方として尊氏の嫡子の子孫に
関東一円を支配させます。


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その後、鎌倉府の公方・足利持氏は
京都の6代将軍・足利義教(よしのり)に
反抗し戦となります。
「永享の乱」です。

敗れた持氏は自害し
まだ11歳の持氏の子・義久も
ここ、報国寺で自害させられたと伝わっています。


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こんなに美しい場所なのに
悲しい物語が秘められていました。


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切り立つ崖沿いに歩くと、くり抜いた洞穴に行き当たります。
鎌倉でしばしば目にする「やぐら」です。

やぐらは武士や僧侶など上層階級の人のお墓で
中世の鎌倉地方固有のもの。

執権・北条泰時が墓地を設けることを禁じ
「やぐら」が作られるようになったといわれています。

ここの「やぐら」の中には
足利家時と義久の五倫搭が残っていました。


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山肌を垂直に切り落とした「切岸」とやぐらは
ときに寺院の庭の借景となりますが

亡くなった人の生涯を知ると
ただ、美しいとは言ってはいられない
無常な世界を感じました。


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by mami-2013 | 2014-12-02 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(4)
2014年 11月 29日

HOTELあじさい

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今回お世話になったのは
「HOTELあじさい」
夜遅く着いたので写真が暗いのですが…。

鶴岡八幡宮の門前にある
鎌倉観光には便利なホテルです。

ホテルの窓から鶴岡八幡宮の赤い鳥居が
よく見えるということで泊まったのですが
2階のお部屋だったためHPほど眺めは良くなく
がっかり。


もっと安いお部屋でもよかったかなぁ。

ぶつぶつ

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でも、部屋の奥が一段上がった板の間だったので
のんびりと足を伸ばすことができました。

床暖房がついていると
最高だったんだけど。

お部屋は広くてモダンで
チェーンのビジネスホテル等と比べると
お値段も割高ですが
設備やサービス面ではビジネスホテルです。

朝起きてみると雨。
やっぱり明るい部屋の写真は撮れませんでした。









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by mami-2013 | 2014-11-29 18:30 | + 2014.11.23 鎌倉の旅 | Comments(0)