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2015年 06月 30日

泉源渓谷(鏡野町)

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鏡野町の山深い谷間をドライブ中

聞こえてくる水の音に

車を停め川を覗くと清流の流れる渓谷でした。 



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ここは吉井川の支流、羽出川の上流で、延長3㌔にも及ぶ

[ 泉源渓谷 ] と看板にありました。



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花崗岩の侵食美がいたるところで見られます。

コブシやナラの新芽が涼しげです。 



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このあたりが [ 蛇渕 ] だと思います。

右に唐松の滝が水飛沫をあげ、正面に小さな滝があります。



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昔、大蛇が棲みつき、夜な夜な村の娘を襲い

娘を持つ親たちは毎日「立岩」に上り、娘の無事を祈っていると

ある日、「立岩」の上に大天狗が現れ、親たちの願いを聞き

ある月夜、天狗は美しい娘に化けて渕へ出かけ

見事、一撃で大蛇を倒したという話が伝えられています。



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急流や滝によったできた甌穴も見られます。

甌穴は幾万年かの月日により、川床にある石を廻し

その摩擦によって凹ができ、穴が掘られ

更にその穴に砂や石が入って渦を巻き、次第に大きくなり

窪んで壷状になったものです。 



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色々な奇岩が多く「龍の口」と名のついた岩もあります。 

清流と風が心地よく

1時間以上も夢中でシャッターをきっていました。

紅葉の時期にもう一度訪れたい場所です。



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ここが、大天狗の現れた立岩です。

高さ12㍍、幅7㍍、長さ14㍍の独立した巨岩です。


昔、大鬼が袂(たもと)に、この岩を入れて通りかかったところ

龍が出て来て、驚いて落としたものと伝えられています。

どれだけ大きな大鬼だったのでしょう!










 

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by mami-2013 | 2015-06-30 18:30 | おでかけのこと | Comments(2)
2015年 06月 29日

紫蘇ジュース

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梅雨の晴れ間の爽やかな天気が続いています。


N先生から赤紫蘇をたくさんいただいたので 

紫蘇ジュースを作りました。

400㌘ほどの紫蘇で2500㏄も出来上がります。



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炭酸や水で割るのも美味しいのですが

牛乳で割るとヨーグルト状になり

苦手な牛乳も飲めるようになりました。


りんご酢がたっぷり入っているせいか

疲れた時は、たっぷり飲むと回復します。


今回は、お砂糖を1㌔使ったので

次回作るときは少し減らしてもいいかも。








 
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by mami-2013 | 2015-06-29 18:30 | おでかけのこと | Comments(0)
2015年 06月 28日

お知らせ キャンドルのセミナーとお食事会


マユール先生から素敵なイベントの告知がありました。

食空間コーディネート協会 中国支部で

キャンドルについてのセミナーと

灯りの下でのお食事を楽しみむ会です。

詳しくは、こちらをどうぞ。

👇




会場となっている「キャンドル卓・渡邊邸」は

古民家の再生をした建物で素敵なんですよ。



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by mami-2013 | 2015-06-28 11:41 | マユ-ル先生のレッスン | Comments(2)
2015年 06月 27日

6月26日

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昨日は6月26日でした。

6月の6のつく日にトイレに紫陽花を吊すと 

女性特有の病気にならない

と、お花屋さんのnestさんから聞いて

やってみました。


ちゃんと、吊れるように

テグスまで結んでいただきました。 


正式には半紙に名前や生年月日を書き

水引で結ぶそうです。


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帰って、ネットで調べてみたら 

吊るす場所によってご利益がかわり

軒先や玄関に吊るすと魔除けや金運アップ

トイレに吊るすと女性特有の病気を防ぐそうです。


あ! 玄関はやってないわ~


調べていくと

紫陽花には色々な謂われがあるようです。





  

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by mami-2013 | 2015-06-27 18:30 | nestさんの花 | Comments(0)
2015年 06月 26日

紫陽花とうらやすガラス

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修理中のカメラがやっと直りました。

実家の紫陽花も今が盛りなのでパチリ。



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今年は小さいながら花数は多めです。



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ちょっと失敬して、わが家にも。

白い紫陽花は10日前のブーケです。

紫陽花がこんなに長く持ったのは初めて! 

。。♪•*¨*•.¸¸♪♡✝


ブーケを作った日、偶然NHKの「美の壷」で

紫陽花の水揚げの方法を紹介されていて

水変えの度にやっていたら

こんなに長く楽しめています。



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内田彩仍さんの著書、「12ヶ月のこと」にも

同じ方法が書かれていて、この本では

これを繰り返していくうちにドライになるとか…。

ドライになるまでもってくれるかな? 



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一昨日、シャーロットさんからの帰り

うらやすガラスさんが展示会をしていたので

のぞいてみました。


先月のGWの展示会の時に見つけ

気に入ったものの散々迷って

結局、買わなかったガラスがありました。


売れずに、この日再開できたのは 運命 !

と勝手に思い込み「うちの子」になりました。

。。♪•*¨*•.¸¸♪♡✝


「うちの子」が増殖していっていること

夫は気づいているのかな?

^m^






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by mami-2013 | 2015-06-26 18:30 | うらやすガラス工房さん | Comments(4)
2015年 06月 25日

円成寺

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昨年6月、レポしそびれた

奈良「柳生の里」近くの円城寺です。

命禅上人が1026年

十一面観音を祀られたのが始まりです。


本堂の阿弥陀堂には

1112年、迎接(こうしょう)上人が本尊として祀った

阿弥陀如来坐像(重要文化財)が安置されています。


この、ご本尊は上品上生の定印を結んだ

定朝様式藤原和様の豊満な像でした。


写真は撮れませんでしたが

光背も繊細な彫りが素晴らしく

宝相華唐草透彫(ほうそうげからくさすかしぼり)と呼ばれています。


本尊の四隅には四天王像が立ち守護をしています。

康勝(運慶の四男)の作らしいということです。


方形に配した四本の柱絵は極彩色で描かれた

優雅に二十五人の菩薩像がお迎えに来た図柄で

聖衆来迎二十五菩薩といいます。



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楼門の下にある庭園は

浄土式と舟遊式を兼ねた寝殿造系の庭園です。


初夏の緑溢れる庭園はとても美しく

平安時代の人々は

ここに極楽浄土を再現したのかもしれません。


応仁の乱で主要な伽藍が焼け落ちてしまいますが

栄弘阿闍梨が再興し

江戸時代には寺中二十三寺、寺領二百三十五石を有する

寺院にまで隆盛しました。


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春日堂・白山堂(国宝)


1228年、奈良春日大社御造営のさい

旧社殿を寄進したもので

最も古い春日大社殿となります。


再建された多宝塔には

お目当ての国宝大日如来坐像(平安時代)が

ご本尊として安置してあります。


桧の寄木造で漆箔仕上げ

運慶が二十五歳頃の最も初期の作です。


運慶というと、筋肉を浮き上がらせた

力強い像を想像していましたが

平安風を残しながらも引き締まった身体の如来様でした。


どんな職人が作っても

同じモジュールの像を造り上げることを目的とした

定朝様式とはあきらかに違います。


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楼門(重要文化財)


庭園の借景としても無くては成らない建物ですが

入母屋檜皮葺の屋根が、穏やかな緩勾配で

庭園の優雅さをいっそう惹き立てていると思います。

季節を変えて訪れてみたいお寺です。



円城寺のHPです。 → 

詳しい写真はこちらでどうぞ。

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by mami-2013 | 2015-06-25 18:30 | + 奈良の旅 | Comments(0)
2015年 06月 23日

カディコットン

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カディコットンが好きです。 

お値段がはるから

たくさん持っているわけではありませんが

行きつけのショップでカディコットンのシャツが

SALEになっていれば手に入れます。


糸車を用いて手紡ぎされた糸は

さまざまな工程を経て布になります。 

全てが手仕事なので、不均一な織りムラがあります。



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イギリスの植民地時代だったインドにおいて

イギリス製の機械織りの布に抵抗して

伝統的な手織り布を普及させ

インドの独立とインド人の自立を促したのが

マハトマ・ガンジーです。


シャツのタグにはそんな歴史も書かれていました。

一枚の布には自由を求めた

壮大な歴史と人々の祈りが込められています。






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by mami-2013 | 2015-06-23 18:44 | 日々の暮らし | Comments(2)
2015年 06月 22日

涼風滝めぐり16「熊押し滝(鏡野町)」

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カメラを修理に出し写真が撮れないため

GWにアップしそびれていた

森林公園の中の滝をご紹介します。



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川床の落差で小さな滝がいくつも出来上がっています。



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小さいながらも数があり、雪解けの時期でもあり

水量も多く迫力がありました。



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ひとつでいいから

庭にこんな滝があればいいなぁ。 



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園内には、もうひとつ「もみじ滝」があります。
  
今回は行けませんでしたが

「もみじ滝」と名がつくほどなら、秋が素晴しいのでは?

と思いながら、公園を後にしました。






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by mami-2013 | 2015-06-22 18:30 | アウトドア | Comments(0)
2015年 06月 21日

太平記の旅

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太平記の旅の目次




各項目をクリックすると各ページにリンクします。

2015-05-22 笠置山を歩く


2015-05-28 赤阪城跡

2015-05-29 吉野山

2015-05-30 吉野の宿 歌藤(かとう)

2015-06-04 勝手神社

2015-06-05 吉水神社

2015-06-10 吉野山の食べ歩き

2015-06-12 金峯山寺(きんぷせんじ)

2015-06-13 如意輪寺

2015-06-19 四條畷神社

2015-06-20 桜井の駅跡


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by mami-2013 | 2015-06-21 21:23 | + 2015.05.16 太平記の旅 | Comments(0)
2015年 06月 20日

桜井の駅跡

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いよいよ最後の地にやってきました。 

「桜井の別れ」の舞台となった桜井の駅跡です。


滅私奉公と書かれた石像の揮毫は公爵近衛文麿です。

かつては「子別れの銅像」が上にありましたが

戦争への供出としてコンクリート製に変わり

今の像は2004年に寄贈されたものだそうです。



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楠木正成が湊川の決戦に向かうにあたり

桜井の駅で、長男楠木正行に今生の別れを告げます。 

正行は父に従いたいと願いますが、正成は

「後に残り忠孝を励め」と短刀一振りを与えて母親の待つ河内へ帰します。

時に正行11歳。

これが、太平記の「楠公父子決別の別れ」のシーンです。



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大阪に住んでいた、はるか昔

友人と電車に乗っていた時に島本町出身の友人が

「あそこが桜井の駅の跡。」と指差した方向は

畑ばかりの中にクスノキが生茂った林のような場所でした。  

なのに今は隣にJR島本駅もでき

すっかり浦島太郎状態で、あたりを見まわしました。



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旗立松(はたたてまつ)

明治30年に松は枯れ、その一部をここに保存しています。

枝を広げた老松のもとに馬を停め

父子の別れをしたと伝わっています。


以前、舞台で舞った「桜井の訣別(わかれ)」にも出てきました。


♪ 青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ

木(こ)の下蔭(したかげ)に駒とめて

世の行く末をつくづくと 忍ぶ鎧の袖の上(え)に

散るは涙かはた露か ♪



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正成は、桜井の地にて息子正行に事後を託し

死を覚悟して出陣して行ったのでした。

湊川では激戦の末、もはやこれまでと

正成は弟と「七生報国」を誓い、差し違えて果てたのでした。
 

正成はわが身を天皇に捧げたのみならず

その息子までつかわし、他日の決戦に備え

二重の忠義を奉げた武将として崇拝されています。


駅跡の史跡公園は、多くの「桜井の別れ」にちなんだ碑が残され

上の写真は明治天皇御製の碑です。


子わかれの 松のしづくに 袖ぬれて 昔をしのぶ さくらゐのさと


時代が流れたとはいえ明治天皇にとって

正成、正行親子は敵方、北朝の武将です。

皇国思想のために、この碑を建てたのでしょうか?

揮毫は海軍大将・元帥東郷平八郎です。



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陸軍大将乃木希典筆「楠公父子訣別之所」の碑もありました。


「桜井の駅跡」といっても鉄道の駅ではなく

奈良時代、平城京と各地を結ぶ交通路を整備するために

駅(うまや)が設置されていました。

幹線道路に中央と地方の情報を伝達するために

30里(約16㌔)ごとに設けられ

馬など旅に必要なものを備えていた役所のことです。




やっと全ての記事をアップし終えました。
12の記事となっています。
全てを続けて読むには、「カテゴリー」の
「+2015.05.16太平記の旅」をクリックしてください。





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by mami-2013 | 2015-06-20 18:30 | + 2015.05.16 太平記の旅 | Comments(0)