つれづれ日記

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タグ:美術・建築 ( 147 ) タグの人気記事


2017年 05月 14日

高知城歴史博物館

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高知城を出たらぐるっと回って



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詰問に下りてきました。

上は登城してきた武士の詰め所で奥行きもあり

この門を突破しても簡単に本丸に行けないよう

右寄りの出入口から入り

中央の出入口に抜けるようになっているとか。



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高知城とセットになった「高知城歴史博物館」。

今年、3月に開館したばかりでした。



外観も重厚感のある独創的なデザインでしたが

写真を撮っていませんでした。💦

中は広々として土佐漆喰の壁や木材がふんだんに使われていて

スーベニアショップも厳選されたモノがおいてあって

楽しめました。



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ホールの大きなガラスから高知城が見えました。

手をかざして

手のり高知城~!

と、遊んでみましたが

逆光で上手く撮れませんでした。

明るくしようと思ったらスローシャッターになって~。



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今回のお宿は前回もお世話になった高知共済会館です。

同じプランでお願いしたけど予約が遅かったのか

昨年のような広々としたお部屋でなかったのが残念。


昨年のお部屋です。




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by mami-2013 | 2017-05-14 20:38 | + 2017.05.01 仁淀ブルーを求 | Comments(0)
2017年 05月 11日

高知城


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高知城に到着!

もう、4~5回は来ていますが好きなお城のひとつです。



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今回、初めてこの標識を目にしました。

昭和9年に国宝指定を受けていたそうですが

戦後の「文化財保護法」によって

天守閣をはじめ15の建造物が

国の重要文化財に指定されたそうです。



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中の御殿を見学します。



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藩主の御座所ですが、意外とこぢんまりとしていました。

開いて一間しかない開口部の真ん中に1本の柱。

すっごく意味がありそうです。



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太平洋の黒潮をモチーフにした欄間。

とってもモダンで江戸時代の物とは思えないくらい。



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竹の節の欄間。

昨年竹林寺で似た欄間を見かけたので

この地方独自のものかと思いましたが

平安時代の寝殿造りの間仕切りにも

使われていた意匠だとか。



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一段高くなった、上段の間。

左の立派な扉は「武者隠し」


中は4畳ほどの納戸のような部屋でした。



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天守閣からの眺めです。

霞んでいたけれどお城の公園と市内が見渡せます。



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建物の中は展示物もいろいろとあり

江戸時代の頃の捕鯨のジオラマもありました。

意外と陸に近い場所で捕鯨をしていたんだなぁ。





2017、私のゴールデンウィーク!
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by mami-2013 | 2017-05-11 18:40 | + 2017.05.01 仁淀ブルーを求 | Comments(2)
2017年 05月 08日

第34番札所 種間寺

 
車でのお遍路は

申し訳ないほどサクサク進みます。



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あっと言う間に種間寺に到着しました。



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唐から帰った弘法大師がここを訪れ

諸堂を建てて開創された時に

唐からもち帰った種子の米、麦、あわ、きび

豆またはひえの五穀を境内に蒔いたことから

種間寺と名付けられたそうです。



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ご本尊は「安産の薬師さん」です。

写真を撮っていなかったのですが

境内に底の抜けた柄杓がたくさん奉納されていて

帰って調べてみたら



妊婦が柄杓をもって詣ると

寺では底を抜いて二夜三日の安産祈祷をし
 
お札を添えてかえし、それを妊婦は床の間に飾り

無事に安産すれば柄杓を寺に納める。
 
というものでした。

 

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これで今回予定していたお遍路が終わりました。

35番札所から足摺岬の方へは

5年以上前に終わらせていたので  

次回からは愛媛県です。



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高知名物のアイスクリンを境内の駐車場で買って  

「車で行くと呆気ないほど早いなぁ。」と夫。

「お遍路さんって、納経して御朱印頂くんじゃなくて
寺から寺へ歩くことに意味があるんじゃね?」

「しょうがのアイスクリンは冷やし飴の味~。」 

いくら通っても煩悩だらけの夫婦です。



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途中に見えた仁淀川。

明日はここを遡ります。




2017、私のゴールデンウィーク!
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by mami-2013 | 2017-05-08 15:54 | + 2017.05.01 仁淀ブルーを求 | Comments(2)
2017年 05月 07日

第33番札所 雪蹊寺


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土佐湾の桂浜から西の雪蹊寺にやって来ました。

戦国時代の土佐領主・長宗我部家の菩提寺だった「雪蹊寺」。

駐車場がなくて隣の神社に停めます。



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入口の案内板では

ここに鎌倉時代の高名な大仏師、運慶と湛慶が寺に滞在し 

本尊の薬師如来像と脇侍の日光・月光菩薩像を制作し

湛慶は毘沙門天像と吉祥天女像

善膩師童子像を彫造して安置したとされ

一時、慶運寺と名のったこともあると書かれていました。

これらはすべて国の重要文化財ですって。
 


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3週間ほど早かったら立派な枝垂桜が見られたでしょう。



廃仏毀釈で廃寺となった寺を復興させた

住職の供養塔がありました。

そういえば

廃仏毀釈の嵐が吹き荒れていた頃の

お遍路はどうなっていたのでしょう? 
 
江戸時代の八十八カ寺と今のお寺は

違ってきているのでしょうか?




2017、私のゴールデンウィーク!
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by mami-2013 | 2017-05-07 15:54 | + 2017.05.01 仁淀ブルーを求 | Comments(0)
2017年 05月 06日

第32番札所 禅師峯寺

 
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GWは高知に行きました。 

いつもなら歩き遍路なのですが

今回で高知が最後ということで

どうしても行きたかった仁淀川の静流の観光をするため
 
車やって来ました。


 
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最初は土佐湾の海岸に近い第32番札所 禅師峯寺です。

車だと家から2時間ほど手到着しました。

あっけないほどです。 



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山門をくぐると奇岩の自然石を利用したアプローチ。

ここを過ぎるとトップの写真のような

どこまでも続く太平洋が見下ろせます。



聖武天皇の勅命をうけて土佐沖を航行する船舶の安全を願い

行基が堂宇を建立されたということで

「船魂の観音」とも呼ばれているそうです。



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立地が小高い丘のせいか境内はあまり広くはなく

本堂と大師堂がギュッと隣り合って並んでいました。 



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奇岩霊石が立ち並ぶ境内を訪れた弘法大師は

観音の浄土、仏道の理想の山とされる天竺・補陀落山のような

霊域であると感得し自ら十一面観世音菩薩像を彫造して本尊とされ

「禅師峰寺」と名付けられたそうです。



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次のお寺へは本来は渡船を使って行くのですが

今回は車なので、港のようすだけを見に行きました。




津波対策のため高いコンクリートの塀に囲まれた港で

海は全く見えません。
 
ちょうど出向する時刻でゲートが無情にも閉まりました。
 


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船を見たくて塀の上に登ってみました。

(あ、もちろん、階段がありますよ。)

倉敷の水江の渡しよりも立派な船でした。

5分程かけて、浦戸湾を横切ります。



塀から降りてゲートに戻ってみたら

乗り遅れたお遍路さんが肩で息をしていました。

こんなに高い塀があったらお遍路さんが走っていても

わかりませんね。






2017、私のゴールデンウィーク!
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by mami-2013 | 2017-05-06 15:25 | + 2017.05.01 仁淀ブルーを求 | Comments(2)
2017年 01月 25日

旧遷喬小学校

 
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真庭市の国道脇を走ると

レトロな白亜の建物の脇を通り抜けました。

Uターンして戻ります。



明治40年に建てられた遷喬小学校でした。

ルネッサンス様式による白とグレーのコントラストが

美しいシメントリーの白亜の建物。

ベネチアン窓とその下の化粧筋交も

小学校とは思えないくらい優美でお洒落~!



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重厚なマンサード屋根に

切妻の破風には上品なベネチア窓。

眺めれば眺めるほど

「どうして、小学校にこんな贅沢な建物が~?」

と、疑問に思います。



私の通った学校は木造二階建てモルタル瓦葺と

平屋の羽目板張りのフツーの校舎だったわ~。



破風と破風の中心のドーマーにある校章は

旧久世町の「久世」の文字で

高瀬舟をデザインしているのだそう。

 
 
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どうして小学校にこんなに手がかかっているのか

気になって調べてみました。



明治時代、地元の大工さんや建築技師が洋風建築に

関心と憧れを抱き、日本伝統の木造建築物に

西洋のデザインを取り入れた様式のことを

「擬洋風建築」というそうです。



この小学校は当時の町の予算の3倍にも相当する建築費を投じて

建築されたそうで教育には相当熱心な町のようです。

設計者は江川三郎八。



「遷喬」という名前も

中国の古典「詩経」の「幽谷より出でて喬木に登る」

に由来し、学問に励み立身出世することと解釈され

小学校の名前には不釣合いなくらい格調が高いですよね。



玄関を出入りしている人もいらしたので

建物の中を見学できるのかもしれません。

また時間のあるときに、ゆっくり来て

中まで見学したいと思います。









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by mami-2013 | 2017-01-25 00:29 | おでかけのこと | Comments(4)
2017年 01月 07日

金比羅さん 2017


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毎年恒例の金比羅参りです。

大門をくぐり石段を上っていくと

とぼけた顔をした「こんぴら狗」が出迎えてくれます。



「こんぴら狗」というのは江戸時代

金比羅詣でに行きたくても、それが叶わない人々が

飼犬を自分の代わりとして代参させた風習だそうです。



首に「金比羅参り」の袋を巻き

中には初穂料と道中の食費が入っていたといいます。

犬は金比羅まで、多くの人々のお世話になりながら

代参を立派にすませると再び旅をして

家族のもとに帰ってきたといいます。



主に関東地方において行われたといわれていますが

日本人の人情の温かさを感じる習俗ですね。



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今日の目的でもある「表書院」。

夫が前々から入りたかった場所です。

入母屋作り、檜皮葺で江戸時代初期に建てられた

応接の間として用いられた客殿です。



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立派な唐破風屋根と彫刻。

この建物だけでも美術的な価値がありますが

中には円山応挙の障壁画が五間に描かれていて

いずれも重要文化財になっているそうです。

私は「虎の間」や「上段の間」の障壁画が印象に残りました。



残念だったのが伊藤若冲の作品が今回は非公開だったこと。

次回の楽しみに取っておきましょう。



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石段を785段上り御本宮で参拝をすませると

いよいよ本丸(?)の奥の院へ!

奥の院へは1368段です。



お正月も4日目なので部活で参拝に来ている学生も多く

みんなTシャツ一枚で駆け上がっていきます。



若いっていいなぁ。

「今日はフリースの下はTシャツ一枚だ。」と

豪語していた夫も駆け上がるのは無理なようで

「中学の頃だったら大山登山(鳥取県)で駆け登ったわ~。」と

負け惜しみ。



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なのに、奥の院へ荷物を運ぶモノレール(?)を見つけると

「載せてくれ~!」



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菅原神社の前を通ると今年も梅が咲いていました。

今年は暖かいせいか

紅梅も白梅も両方見られました。



無事、奥の院に着きましたが

左ひざを痛めていたので、ちょっと厳しかったです。

年のせいかなぁ…それとも

新たな支部がふたつも増えて運動量が増えたせい?



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奥の院から下を見下ろすと

ちょうど琴電がやってきていたので写真を撮ったら

JRも通過して行きました。



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下りる途中の楽しみは

途中の資生堂パーラーのカフェでスイーツをいただくこと。

お値段は可愛くないけど奥の院踏破のご褒美です。

夫の好きなストロベリーサンデーと

チョコレートサンデーです。



鎮守の森に囲まれた清々しいカフェです。

雨の日に来てみたいなぁ。





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おまけ

乗り換えの多度津駅で見慣れない列車を見つけました。

夫に聞いたら新しい特急だとか。

海外の列車のようなデザインです。




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by mami-2013 | 2017-01-07 00:29 | + 香川の旅 | Comments(6)
2017年 01月 06日

琴平駅

 
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今年も恒例の金比羅参りにやって来ましたが

琴平駅に降り立ち、なんか違う!



そう

レトロで雑然としていた内装が白と茶でスッキリ。
 


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窓枠もこげ茶色に塗り変えられて

シャープに生まれ変わっていました。



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外壁には新たにランプ型の照明も設置され

おめかし度もアップしています。 

でも、この建物は大正時代に建てられた擬洋風木造建築物。

文化財ではないのかな?

こんなにおめかししても大丈夫?



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古い郵便ポストとも馴染んでいます。



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駅名も控えめな看板に変っています。 

以前の看板よりも絶対にいい!
 


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全景がこちらです。

看板、控えめすぎるくらいでしょ。



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ちなみに、今までの駅舎です。

以前から、このキッチュな看板には違和感がありました。 

さらに夜になると

ドン!



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ネオン、キラキラ居酒屋…みたい。
 
なんで私、こんな写真を撮ってたんだろ~。

と、自分でも不思議。 



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窓枠はグレーで壁はアイボリーがかり

この内装も哀愁があって好きでした。

古い木造建築のまま、ちょっとモダンになった
 
琴平駅でした。

 



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by mami-2013 | 2017-01-06 00:00 | + 香川の旅 | Comments(8)
2016年 12月 16日

鞆の浦

 
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久しぶりに潮待ちの港として栄えた

広島県鞆の浦にやって来ました。

先月、この冬一番の寒い日でした。



正面の蔵は「いろは丸展示館」で 

1867年鞆沖で沈んだ海援隊の船「いろは丸」の引き揚げ物や 

「NHK龍馬伝」のいろは丸事件の録画、沈没状況のジオラマ等

以前入ったときよりも見応えがありました。



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この常夜灯と船着き場の雁木と

港を取り囲む豪商や廻船問屋の蔵の数々を目にすると

鞆の浦に来たな~という実感が湧きます。



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いにしえの息づかいが聞こえてきそうな街。

ふたり並んで歩くには狭すぎる路地が幾筋もあり

足の向くまま歩いて迷子になるのも面白そう。

 

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そんな路地よりも少し広い

車2台がやっとすれ違えそうな道路沿いにある

「お食事処おてび」という小料理屋さんで

お昼にしました。
 


狭い店内で隣の人の邪魔になりそうだったので 

写真はありません。
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鞆の浦というと鯛めしが有名ですが

ここは日々の食卓に上がるような小魚を使った料理です。

すっごく愛想のよい店じゃないけど

すっごく美味しかった~。

 
覚えとして鞆物語のHPをリンク。 





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この立派な建物は、かつて福山城にあった長屋門。

明治に廃城になった時、払い下げられ

海路を船により、ここに移築したそうです。 



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今は保命酒で有名な

「岡本亀太郎本店」の店舗になっていました。

保命酒というのはみりんに準ずる酒に

漢方薬をつけ込んだものです。



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街並みを散策していると

そんな保命酒のお店がぽろぽろと目につきます。

ん~。お正月のお屠蘇のようなものかな?



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鞆の浦の散策

しばらく続きます。




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by mami-2013 | 2016-12-16 17:36 | 広島の旅 | Comments(6)
2016年 11月 29日

そば 河原邸とメタセコイアの紅葉


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新そばを食べに御津町紙工(しとり)にある河原邸に行きました。

河原邸というのは江戸時代の大庄屋の邸宅のことです。

悠然と構える長屋門が

周囲を見おろすように建っています。



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打ちたて、湯でたての新そばが味わえる

ということで、やってきましたが

同じことを思っている人は多く

外で待たないと入店できません。



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200年弱の江戸時代の建物を見ながら待ちます。

この離れも立派な建物で明治後期のものです。



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裏にまわると蔵が立ち並んでいました。

母屋と同じ時代に建てられた土蔵です。



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ちょっと、高台にあるのが幕末の蔵。



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かつての厩(うまや)は暮らしの道具の展示室でした。



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炭籠もありました。

竹で丁寧に編まれていて、こういうの好き~。



でもね、今日は農家探訪ではなくお蕎麦が目的です。

なので、1時間も待っていると

夫がだんだんと無口になってきます。

(やばっ!) Σ(・o・ノ)ノ!



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やっと名前が呼ばれて中に入ることができます。



待ちながら中を見学したかったけど

食べている人の邪魔になるので諦めます。

上の写真は蔵に面したお部屋です。

(外からパチリ)



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お庭を見ながら、さらに待つこと30分。



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やっと、天ぷら蕎麦にありつけました~。

「これだけ待って、食べ終わるのに5分。
腹が空きすぎて何を食べても美味しく感じる。」

というのが夫の感想。 ((+_+))



蕎麦は打ちたて茹でたてだったけど

ちょっと天ぷらが冷えていたのが残念かな。

天ぷらもお蕎麦と同じようにこだわって欲しかったなぁ。



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近くにあるこの水車小屋で

蕎麦粉を挽いているようです。



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帰りは毎年紅葉を楽しんでいる

メタセコイア並木へ!



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ちょっと緑が残っていたけれど

今年もきれいでした。



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この並木道だけは外れがないので

毎年、楽しみにしています。

ハッピーをつれてきたら喜びそう~!






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by mami-2013 | 2016-11-29 01:49 | 美味しいもののこと | Comments(4)