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六道の辻を歩く 六波羅蜜寺

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最初の印象は、狭い!
六波羅蜜寺も大伽藍の連ねた寺院でしたが
ここも明治維新の廃仏毀釈を受け境内が縮小されたそうです。

平安後期には、寺域が鴨川辺りまであり
当時の権勢を誇る平家一門の屋敷が栄え
その数5200余りに及んだとか。

本堂には、国宝の木造十一面観音立像がありますが
厨子に安置され、12年に一度辰年にのみ
ご開帳されるので、あと10年も先です。


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ここでの見どころは宝物収蔵庫。

運慶の四男・康勝の作「木造空也上人立像」や
平清盛の出家した姿といわれている
「木造僧形坐像」(写真の像です)

清盛像は遠目でみていると経巻を手にし
下を向き、目を通しているように見えていたのに
一定の距離まで近づくと突然こちらを凝視するように
目が合いドキ!
もともと目は開いているのですが
照明のせいでこんな風に見えるのでしょう。
平家一門の長としての迫力を感じました。


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寺のそばにある六道の辻。
鴨川の河原は当時、遺体の捨て場であり、葬送の場でした。

古来より“あの世の入口”といわれる六道の辻には
冥界がらみの伝説や寺が多く残っています。

中でも、地獄で閻魔大王に仕えていた平安歌人
小野篁の伝説は、特に有名です。
その舞台「六道珍皇寺」もこの通りにあります。

今回は行きませんでしたが
冥界への入口の井戸…。
なんていう摩訶不思議な伝説の井戸もあります。


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六道の辻は清水寺の参道に続きます。
辻の前にある「幽霊子育飴」の看板を上げたお店。
なぜ、「幽霊子育飴」かというと

昔、夜な夜な若い女性が飴を買いに来て
不審に思った飴屋の主人が後をつけると
鳥辺山の墓地で姿を消してしまいます。

翌日、寺の住職と一緒に墓地に向かうと
盛り土の中から赤子の声がし、掘り返すと
女性の遺体の横で赤子が飴をしゃぶっていた。
という話しがお店に伝わっています。

お土産に一袋買ってみました。
麦芽糖の飴。一粒、口に入れると
普段食べる飴よりも甘みが少なめかなと思うけど
柔らかい甘みがちょうどよく、くせになりそうな飴でした。

 
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by mami-2013 | 2014-06-10 18:30 | + 京都の旅 | Trackback | Comments(0)

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