藤戸寺の沙羅双樹
2016年 06月 25日

今年の梅雨は、よく雨が降ります。

倉敷市の藤戸寺では夏椿が咲いていました。
沙羅の木とも呼ばれ
朝、開花し夕方には落花するので。
儚いものの象徴として
「平家物語」冒頭の沙羅双樹の花としてでてきます。
正確にはインドの沙羅双樹とは別の種類ですが
日本のお寺では、よく見かけます。

藤戸寺は「平家物語」ゆかりのお寺で
今から800年ほど昔の源平合戦の時
藤戸海峡を挟んで両軍のにらみ合いが続いていました。
船を持たない源氏の佐々木盛綱は
平家軍を攻めるため馬で渡れる浅瀬を
漁夫から教えてもらいますが
信綱はこの男が他にも浅瀬を教えるかもと
口封じのために殺してしまいます。
翌日、盛綱は七騎を従え海に乗り入れます。
盛綱の無謀に驚いた味方はさかんに呼び戻しますが
浅瀬を知っている盛綱は敵地に上陸し
海が渡れると知った源軍3万は続々と海を渡り激戦となり
平家は屋島へ逃れていきます。

源平合戦の供養等と伝えられる
石造藤戸寺五重塔婆

お寺の周囲には合戦の所縁の地が今も残っています。
佐々木盛綱によって殺された漁夫の母親が
「佐々木憎けりゃ、笹まで憎い。」と言って
近辺の笹を全て刈り捨てたと言われる
笹無山(ささやしやま)。

写真の建物は100年以上も前に建てられた
歴史ある「藤戸饅頭本店」の店舗です。
殺された漁夫の供養が藤戸寺で行われた時
民家から饅頭が供えられたのが
「藤戸饅頭」の起源だそうです。

竹の皮に包んであって、なんだか歴史を感じます。
江戸時代中頃までは
お寺の境内の茶店で売られていたそうです。

リサイズしたら横線が入ってしまいました~。
甘酒と小麦粉、小豆だけで作られていて
賞味期限はたったの3日間です。
優しいお味でした。
大河ドラマなどを観ると武将たちが私利私欲のため戦っている戦乱の世の中で、
名も残さない庶民たちが生きるのはさぞ大変だっただろうと思う事があるので、
源平合戦の漁夫の話、心に残りました。
沙羅双樹の花がきれい、お饅頭も美味しそうです。
コメントありがとうございます。
長い文章、最後まで読んでくださり
ありがとうございます。
ここ藤戸寺は戦乱に巻き込まれた
庶民を供養した数少ない事例だと思います。
供養したのは漁夫を斬った佐々木盛綱本人で
漁夫の母親から「子を返せ!」と泣いて詰め寄られ
自分のしたことを悔いたとも言われています。
盛綱自身はこの戦いで功をたて
この地域一帯を鎌倉幕府から受領したことを思うと
漁夫が一層、気の毒に思えてなりません。
すねーるさんの
カリフォルニアからの暮らしのご様子
綺麗な写真と読みやすい文で
いつも楽しみにしています。
今後もよろしくお願いします。
