都会のオアシス四間道(しけみち)でほっこり「右近」ランチ
2019年 10月 23日
地下鉄で
四間道(しけみち)に向かいます。
広~い名古屋駅をウロウロと地下鉄のりばを探しながら
電車に乗り ←15分はかけたと思う!
国際センターで降り、やっと地上に出たら…
夫が
「後に、名古屋駅やビル群があるでぇ。」
ひと駅の距離が近すぎる~!
(;´Д`)ノ
歩いてきた方が早かったかも~と苦笑い。
(調べたら名古屋駅から四間道まで15分でした。)
( .. ) ショボン

ここから、スマホのマップを頼りに歩きますが ←初めて使ってみました!
マップを拡大して歩いていたら
身体の方向に合わせてクルクル動き
全く違う方向に歩いていました。💦
細い路地を抜けたら、出くわした神社
神明社…。拡大してみたら真逆の方向に進んでいました!
Σ⊙▃⊙川
ウソやん!

鳥居の傍にあった石造。
なんとなく、乃木将軍?だよね。
周りは大都会なのに、お寺の鐘楼の音や虫の音が聞こえ
とっても静かです。

なんとか、堀川にでました~。
もう、間違わない!

堀川から一本西の道が四間道(しけみち)です。
名古屋城築城とともに造られた商人の町です。
四間道を挟んで西は町屋が並んでいます。
江戸時代の道にしては広いでしょ~。
元禄の大火の後、延焼を防ぐ防火の目的と商業活動のため
中橋から五条橋までの道幅を四間(約7m)に広げたのが
名前の由来と言います。

この道幅が功をなして名古屋大空襲の時も無事で
今に残っているのかな?
この四間道の街づくりが
戦災復興の100m道路へもつながっていると
タクシーの運ちゃんが言ってました。

土蔵や町家が立ち並ぶこの辺りは
ちょっと路地に入ると
雰囲気の良いカフェやレストランが

古道具屋さんの郵便ポスト。風情がありますね。

五条橋までやってきました。
堀川は名古屋城築城の折、福島正則によって造られた運河です。
川沿いには、船で運んできた
米や塩、味噌、醤油、材木等を納める蔵が建ち並んでいたといいます。
堀川に沿って、街道 美濃路があります。
ここから岐阜や熱田へ更に東海道を使い荷物を運んでいったんですね。

かつては、この堀川の右側には豪商が立ち並び
船に積まれた物資や材木が積み下ろされ
奥の土蔵へと運ばれていきました。

土蔵が立ち並ぶ西側は四間道。
四間道を挟んで反対側の町屋が火事にになっても
想像してみると壮観な都市計画ですね~。

ちょうど、お腹もすいてきたので
土蔵の中にある「右近」さんでランチをいただきます。
もともとこの地で料理旅館をされていた
築150年の土蔵を改装した素敵な和食の店です。

ランチの松花堂弁当です。
この日は豚の生姜焼きがメインで、焼き鮭に煮物です。
蓋を開けると
「名古屋めしは茶色ばかりよ~。」
というemilyさんのコメントが蘇ってきました。
豚の生姜焼き、とっても美味しいのですが
見た目以上に量も多くて
なんとか残さず食べられました。

お味噌汁は当然、八丁味噌でした。
お魚のアラが入っていて上品なお味でした。

お庭の眺められるお部屋で雰囲気も◎でした。
お客様が多くて写真が撮れなかったので
HPからお借りしています。
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名古屋はいかがでしたか?
都会と田舎が混在するなんて、よく言われますが、大阪や東京みたいなギュッと詰まった感がないのが名古屋のいいとこかなぁ。
道も都会にしては広いですし(笑)
四間道は先週ごろかな?地元のローカルテレビで放送してました。
名古屋生まれの私ですが、今は近郊の市に住んでることもあり、ほとんど名駅や栄には行くことはありません。
四間道も多分、記憶の中にないので、多分行ってないのでしょう(笑)
ランチの茶色を見て、わたしのことを思い出してくださったのですね!( *´艸`)
味が濃いとよく他県の方は言われますが、大丈夫でしたか?
名古屋、楽しんできました~。
そうですね。
お味噌を使った料理が多く 見た目の濃さも、
味にリンクするのかな。
決して辛いわけではないですよね。 お
出汁もよく効いていて美味しかったです。
鶏の手羽先に感動しました~。
